おすすめ観光スポット

マングローブ原生林

マングローブ原生林

海水と淡水のまじりあう「汽水域」に広がる、植物の群落一帯をマングローブといいます。役勝川と住用川の河口付近は、日本では西表島に次いで2番目の規模。一帯は国定公園の特別保護区に指定されていて、動力船の使用や保護区内での採取は原則として禁止されています。

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モダマ

モダマ

「ジャックと豆の木」を思い出すような、巨大なマメの木。太いつたはドリルのようにねじれながら、山じゅうをおおっていて、さやの大きさが1メートルもある豆がなります。国道58号線を古仁屋方面へ向かい、木工工芸センターの手前を右折してまっすぐ、またはサン奄美の先、川内川を渡ってすぐの道を入り、東仲間集落入口の交差点を左へ。しばらく行くと案内看板があります。まずは看板のすぐ近くで探してみてください。
※平成24年・26年の台風による被害で、モダマの自生地も大きな被害を受けました。迫力のあるつたは、いつでも観察できますが、大きな豆の観察は来年以降に期待しましょう。花は6月ごろ、豆のさやは秋ごろから目立つ大きさになり、翌春にかけて成熟します。

フナンギョの滝

フナンギョの滝

川内川の上流にある滝。周辺で船をつくる木を切り出して、川に落として運んでいたため「船木を切りに行くところ」から名前がついたと言われています。滝までの道は未舗装で、また折り返し場所がありませんので、車ではなく徒歩での散策をおすすめします。
沿道では巨大なシダ「ヒカゲヘゴ」やクワズイモなど、島らしい植物が観察できるほか、足元にアマミノクロウサギのふんを発見することも。

タンギョの滝

タンギョの滝

落差九州一とも言われている大きな滝で、住用川の上流にあります。島のことばで滝のことを「タンギョ」といいます。落差がありすぎて全景を見ることができません。
現在、滝までの道は整備されていません。大雨による路面のえぐれ、落石による通行止めなど、状況は日々変化します。信頼できるガイドツアーをご利用ください。

ターバマ(高浜)

ターバマ(高浜)

潮が大きく引いたときだけ歩いて渡れる、玉石でできた浜。外海からの荒波に押されて、重い石ころが高く高く積み上がっています。
防風、防砂の役目をするアダンの林、珊瑚礁や砂利などが石灰分によってセメント状に固められた、大きなビーチロックも見どころ。

無人売店

無人売店

島内あちこちの集落や道路沿いにある無人売店。集落でとれた新鮮な野菜や手作りのおそうざい、お菓子などが売られています。東仲間の「モダマ売店」では、秋にはすぐ横で原木栽培されているシイタケが並ぶことも。島のシイタケはマツタケに匹敵するほど風味が豊かで美味なので、見つけたらぜひお試しを。

石だきガジュマル

石だきガジュマル

山間(やんま)集落の入口にある、大きなガジュマルの木。大きな岩を、根っこでがっちりと抱いています。「かつて住用の力持ちと山間の力持ちが、山間と石原のまん中にあった大きな岩を取りあい、力くらべをしたが、山間の力持ちが住用の力持ちに勝って岩を引き寄せた」という伝説が残っています。昔はとくに呼び名はありませんでしたが、マヤンバカ(猫の墓)と言われ、子供たちは怖がって近づかなかったとか。

篠穂の滝

篠穂の滝

岩山から海に流れる滝。陸からは近くに行く道はありませんが、舟で行くことができます。雨の多い時期は水量も多くて迫力があります。滝までのクルーズツアーでは海賊の財宝伝説が残る洞窟や銅山跡、青久集落の石垣などを見ることができます。

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篠穂(シノホ)の滝クルーズ

内海

内海

川内川の河口にある塩水湖。国道58号線沿い。干潟付近には水鳥が多く見られ、バードウォッチングに最適。周縁部では釣りも楽しめます。付近にはうちうみ公園、木工工芸センター、サン奄美、わだつみ館、体験交流館、うちうみバンガローなどの施設があり、お弁当屋さんや食事処も。

三太郎峠

三太郎峠

住用の東仲間から神屋に抜ける古道は、かつては島の北部と南部を行き交うための最大の難所で、須垂(すたる)峠と呼ばれていました。鹿児島県川辺町から農業指導で訪れた畠中三太郎がこの峠に土地を求め、茶を栽培。明治45年、内海と外海が一望できる場所に夫婦で茶屋をひらき、旅人をもてなしたことから、いつしか三太郎峠と呼ばれるように。その後、大正6年に山越えの国道が開通し、さらに現在の国道とトンネルができ、古道は使われなくなっていきますが、古道の入口と茶屋の跡には、当時を偲び石碑が建てられています。

むちゃかなの碑

むちゃかなの碑

加計呂麻島の「うらとみ」は評判の美人。薩摩藩の支配を受けていた時代、役人の妾になることを拒否したために一族ごと嫌がらせをうけるようになり、親は泣く泣く小舟に乗せてうらとみを流しました。たどりついた喜界島では伴侶に恵まれ、つかの間の幸せをつかみますが、娘の「むちゃかな」は、母以上の美人に育ち、嫉妬した島の娘により、アオサ取りに誘われ海に突き落とされてしまいます。遺体は海を渡り、奄美大島・住用の青久集落に流れ着き、人々はむちゃかなを手厚く葬りました。現在でも彼女の魂を慰めるため、島唄「むちゃかな節(うらとみ節)」が歌い継がれています。
※うらとみ、むちゃかなの物語には諸説ありますが、そのうちの1つを紹介しています。興味のあるかたはぜひ、うらとみの故郷・加計呂麻の生間、うらとみが流れ着いた先・喜界島の小野津にそれぞれ伝わる伝説も検索してみてください。
青久集落には、ほかに石垣で作られた古い防波堤があり、見どころのひとつですが、集落までの道は未舗装の坂道で携帯は圏外。車は4駆でないと厳しいです。自力よりもガイドさんにお願いすることをおすすめします。

トビラ島

トビラ島

昔むかし、トビラ島が喜界島の荒木崎と住用の市崎の真ん中にあったころ。島のまわりでは魚がたくさんとれたため、それぞれが自分たちの離れ島だといい、争いが絶えなかったそうです。そこで、喜界の女神様と市の女神様が互いに扇で招き寄せて、勝ったほうのものにすることになりました。なかなか勝負がつきませんでしたが、市の女神様のほうが若かったため、少しずつ市のほうに引き寄せられ、最後のひと扇ぎで今の場所になったといわれています。
もともとトビラ島のあったといわれる場所は、今は「キァーゾネ」と呼ばれ、とても魚の多い漁場だそうです。

 このページは、住用村誌編集委員会発行「わきゃシマぬあゆみ 住用村の歴史と暮らし」、及び地域の方々への聞き取り調査に基づいた言い伝えや情報をもとに作成しています。伝承については諸説ありますが、ここではその一例を紹介しています。